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雑記

あれこれ。

2018年12月11日 (火)

悪夢の日々

 ついに誰からも求められていない呪われた季節である「冬」がやってきた(暴論)。それにしても、いきなり温度が急低下するのはやめていただきたい。体ばかりか、心もまったく対応できないではないか。しかも天気予報では「真冬並み」「真冬並み」って連呼しやがって。11月後半から4月中旬までは十分に「冬」なんだから、いまさら言わなくてもいいわ。
 やっぱり1日の平均気温が25℃を下回っちゃうと心が荒んでくるね。この間のパルでしくじったのも全部天気のせいだったのだな。夏に犯したミスは自分のせいだと認めるけど、それ以外の季節はすべて天気のせいにしても良心が痛まないからいいや。みーんな寒さが悪い。


 なお、今後本格的な春が来るまでこのブログでは僕の寒さに対する愚痴がどんどん増えてきます。悪しからずご了承ください。

 あー、ホントに冬なんか死ねばいいのに。

2018年12月10日 (月)

パルナイトレース18年12月

 今回もレース当日にいきなり計測と進行をやることになり、F1クラスにのみ出場。元々ツーリングクラスに出る気もほとんどなかったのだが、さすがに進行も担当するとなると2クラス出場は無理。また、ここ最近は参加者も増えていたのに、師走で皆忙しいのか、まさかのミニクラスが不成立。F1/8名、ツーリング/8名という参加者になった。

 ということで、レース前からドタバタしてしまい、写真はなし。F1は予選トップだったけど、決勝第1ラウンドでのミスが響いて総合では2位に終わってしまった。最近、集中力が切れやすいなあ。なお、今年は12戦全部に出場しましたが、TQは11回取れました。1回落としているところが上品でいいね♪ その1回も、予選1回目で試したセットがよくなくて、いつものセットに戻して臨んだ予選2回目以降が雨でキャンセルになっちゃんたんだけどさ。気を取り直して来年もまたがんばりたいと思います。

 最後にレース動画をリンクしておきます。今回はMさんがお休みだったため、Yさんの自撮り動画のみです。

Yさん撮影のF1クラス決勝第1ラウンド動画

Yさん撮影のF1クラス決勝第2ラウンド動画

Yさん撮影のツーリングクラス決勝第1ラウンド動画

Yさん撮影のツーリングクラス決勝第2ラウンド動画

 これで18年のレースはたぶん終了。もしかすると年末にどこかのレースに出るかもしれないけど、しばらくはのんびり来年の準備にあてるのもいいかも?

2018年12月 7日 (金)

地獄へ道づれ

 注意・以下に映画「ボヘミアン・ラプソディ」のネタバレがあります。それが嫌な人はこの記事を読まないか、映画鑑賞後にお読みください。あと、けっこう長いよ。
















 さてさてクイーンである。僕の姉がクイーンを好きだったこともあって、中学~高校あたりにクイーンの曲を聞いたり、アルバムのジャケットを目にする機会はわりとあった。正直、最初の印象はボーカルのフレディ・マーキュリーのことを「ちょっと気持ち悪いおじさん」くらいにしか思っていなかった。だって、僕が初めてクイーンをちゃんと認識した時のフレディは、短髪のオールバックで口髭をたくわえていたし、衣装もタイツとかアレだったのだから、それを「気持ち悪い」と思うのは中学生男子として正常な反応であろう。しかし、すぐにその気持ち悪いおじさんが稀代のボーカリストであり、パフォーマーであることを理解したのである。おまけにピアノもうまかった。

 そんなフレディ・マーキュリーを主人公にしたクイーンの伝記映画が公開されたので見に行ってきた。ホントは公開したらすぐに行きたかったのだが、同行者の都合で11月後半にまでズレてしまった。行ったのはレディースデイの夕方からの回。新宿のシネコンは平日にもかかわらずけっこうな混みようで、おまけにボヘミアン・ラプソディは他のシアターよりどう見ても来場者の平均年齢が高い(笑)。それでも若い人はそれなりにいた。

 映画のストーリーは、若き日のフレディ・マーキュリーが、後のクイーンとなるメンバーと出会い、そして世界的な成功を収めて、伝説のパフォーマンスといわれた85年のライブエイドのステージを飾るまでを描いている。インド出身で本名はファルーク・バルサラという青年が、自分の出自に劣等感を持ち、自ら西洋風の名前を名乗ることになるのだが、そのフレディを演じるのがエジプト系アメリカ人のラミ・マレック。正直、顔立ちや体つきはフレディに似ているとはいい難いが、ちょっとしたしぐさやステージ上での振る舞いを徹底的にコピーすることにより、見事にフレディ・マーキュリーになりきっている。いやー、タバコの吸い方までそっくりだったわ。そしてすごいのが、フレディ以外のクイーンのメンバー3名。演じている役者さんが誰も彼もそっくりで、特にベースのジョン・ディーコンなんか、タイムマシンを使って若い頃の本人を連れてきちゃったんじゃないかと思うほど。と思ったら、このジョンを演じた俳優はジュラシックパーク(93年)のティム少年だったことが判明した。これには2度ビックリ。
 フレディはその出身もあってエキゾティックな顔立ちだから、なかなか似ている役者もいないことに対し、他のメンバーは比較的普通のアングロサクソン顔をしているから似た人間を見つけやすいというのはあるだろうが、それにしても、である。

 すでにいろいろなところで指摘されていることだが、この映画では、演出上の理由として史実の改変が行われている。事実ではギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラーが結成していたバンドにフレディが加わり、その後にジョン・ディーコンが加入するのだが、劇中ではほぼ同時期の加入になっていたり、フレディのソロ活動時期にクイーンが休止状態にあったりというのも実際とは異なる。正直、なまじクイーンの歴史を知っている身としては、ところどころで「アレ?」と思って素に返ってしまう箇所もけっこうあるのだけど、後で考えると「まあ仕方ないか」と思える改変ではある。フレディがAIDSになってしまったことを他のメンバーに伝える時期も、史実より前のライブエイド直前に変更されているが、これもラストのライブを盛り上げるためとして納得できなくはない。とはいえ、ちょっと引っかかる部分もなくはなかった。これは多分「そういうもの」として2回目を見に行けばもっと素直に楽しめるのだと思う。
 ちょっと面白かったのが、自身の性的嗜好を自覚したフレディが、当時の奥さんに「僕はバイセクシャルだったんだ」と告白した際に、奥さんから「あなたはゲイよ」とあっさり言われたところ。女性と恋愛・結婚していて、男性とも恋愛関係にあったんだからバイセクシャルでいいんじゃないかと思うんだけど、奥さんからしてみればかなりゲイ寄りのバイセクシャルに思えたのかもしれない。で、ある意味開き直ったフレディが男ばっかりの乱交パーティを開くシーンがあるのだが、まー絵面が悪い悪い(笑)。物語上必要なシーンだとは分かるが、美的観点からはやっぱりいらないんじゃないかと思う。よく考えると、この映画には僕がいい映画だと思う条件の「キレイなお嬢(姉)さん」が全然出ていないのだが、相当楽しめたし、機会があれば2回目以降も見に行こうと思っているのだから大したものだ(上から目線)。
 で、この記事のタイトルにもなった「地獄へ道づれ」だけど、これはクイーンの曲の「Another One Bites the Dust」の邦題である。実は、つい最近まで、僕は本来の曲名と邦題が同じ曲だとは知らなかった。ちなみに原曲名や歌詞の中に「地獄へ道づれ」を思わせるものはない。なんでこんなタイトルにしたのだろう? 劇中ではこの曲が誕生するきっかけも描かれていて、それは比較的史実に忠実のようである。ベースのジョンが作ったこの曲の単調なドラムを嫌ったロジャーが演奏を渋るシーンや、それをフレディが説得して曲を完成させるシーンは面白く、完成後のライブ演奏シーンもあって元々好きだった同曲が、この記事を書いている今でも頭の中で鳴り続いている。

 こうした紆余曲折を経て、物語はクライマックスのライブエイドへと突入する。そしてそのライブシーンが圧巻なのだ。音源は実際のライブの時のものを使用しているためクオリティは申しぶんなく、演者たちのパフォーマンスもほぼ完璧だった。陳腐な表現だが、まるで実際にライブ会場にいるかのように思わせてくれる。このシーンを見せられると、それまでの細かい「?」はどうでもよく感じてしまうから不思議だ。
 実際のフレディ・マーキュリーは、ライブエイドから6年後の91年にAIDSによる肺炎で死去しているが、映画ボヘミアン・ラプソディはライブエイドをもって幕を閉じ、フレディの死については字幕で語られるのみであった。しかし、史実では、フレディのAIDS罹患発覚は87年頃とのことで、劇中のように85年のライブエイドより前にフレディが自らの死を覚悟していたわけではないと思うし、そういう演出上のウソもいらなかったのではないかと思えるほどライブシーンはよかった。
 最後に「ズルいなあ」と思ったのは、ラストシーンの後にスタッフロールとともに「Don't Stop Me Now」がクイーン本人たちのミュージックビデオで流れ、続いて「The Show Must Go On」がかかるところ。こんなの「泣け」と言われているようではないか。
 まあ、感動はしたものの泣かなかったんですけどね。

 今年は春の「ウィンストン・チャーチル」に加え、今回の「ボヘミアン・ラプソディ」と、良質な伝記映画を2本も見ることができた。どちらもイギリスを舞台にした作品だというのは偶然だけど興味深い。なお、ウチでは僕だけでなく妹も姉の影響でクイーンがけっこう好きなのだが、まず僕がボヘミアン・ラプソディを見て、何日か後に妹が見に行ったとのこと。仕事やなんやらでその時点でまだ映画を見ていなかった姉が「私より先に2人が行くなんて!」と少々憤慨していたのがちょっと怖かったのは内緒だ。

2018年12月 6日 (木)

仕方ないので買ってきた

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HW V10G3モーター用アルミビスである。エンドベル進角固定用ビスの色が異なるタイプもラインナップされているが、あまり色はつけたくなかったのである。某F産にチタンカラーのが売っててよかった♪


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ビス交換のついでにモーターをバラして洗浄&ベアリング注油を行った


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モーターケースにローターを挿入する際に、カワダ製のLRPブラシレスモーター用ローター挿入ツールが役に立った


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ツーリング用17.5Tから12分の1用3.5Tへのビス移植とツーリング用17.5Tへのチタンビス取り付けが完了

 モーターを分解・再組立てしていて分かったのは、ケースとエンドベルを固定する長ビスの“かかり”がけっこう浅いこと。これは今後もマメにチェックと増し締めをやる方がいいな。

2018年12月 4日 (火)

2018年クレストカップ

 毎年12月のクレスト12分の1レースは、第1土曜日の夜ではなく第1日曜の日中にクレストカップとして開催される。思えば、僕が最後に優勝したクレストの12分の1レースは2009年のクレストカップであった。ああ、ずいぶんと時間が経ってしまった……。

 今年ももちろん出場したのだが、開催週の水~金は仕事がとにかく忙しく、レース前日の土曜日は東京のお寺で法事。クレスト入りしたのは土曜の19時ごろだった。すでにこの時点で睡眠不足やらなんやらでかなりまいっていたものの、とにかく練習開始。あんまり成果は出なかったけど、とりあえずの目慣らしにはなったので23時ごろクレストを後にして高崎市の実家に行った。

 翌日は7時起床。実家に行ってからもあれこれ準備とかしてたので、睡眠時間は4時間くらい。水~土の睡眠不足もあり、かなり睡眠負債が溜まった状態でレースに臨むことになった。今回のモディファイドクラス出場者は12名。クレスト子ども会からは14&16年度全日本チャンピオンと、17年度全日本2位が出場。あとは常連のオジさん中心である。
 で、予選1回目はタイムを置きにいくため直前までテストしていたリジッドアクスルではなく重デフをチョイス。スタートから1分はリジッドとの動きの違いに戸惑ってしまったが、なんとか後半はレースをまとめ、その時点でAメイン入りをほぼ確定するタイムを記録した。

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お昼休みはクレストカップ恒例の食事会。コ○トコで買ってきたピザやお寿司、そして現地調理の豚汁&もつ煮が振る舞われた

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いやー、おいしかった

 そして迎えた午後の予選。ここからリジッドに戻して一発を狙うものの、なぜか走行中にギヤがおかしくなってまともに完走できず。続く予選第3ラウンドも、バックラッシュ調整をやり直したはずなのにスタート直後からギヤ鳴りがひどくなって途中でレースをあきらめた。
 シャフトやモーターマウントなどを見直しても、ギヤ鳴りの原因になるような不具合はない。「どうしてだろう?」と思いつつ、無意識にモーターを触ったところ、エンドベルが大きくグラついているのに気が付いた。そう、エンドベルとケースを固定するネジが緩み、モーターが回転すると振動でシャフトがブレるようになっていたのである。原因は分かったので、ネジを締め直そうとしたが、あることを発見してしまった。

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ビスが1本なくなってる……

 どうやら走行中に落としてしまったようで、サーキットをウロウロして探してみたものの、結局見つけることはできなかった。まあ、僕の整備不良ではあるが、普通ココって1回ちゃんと締めておけばめったに緩まないよね? スペアのネジは持ってないから、モーターをLRPのX20・4Tに変更して決勝に出走することにした。また、リジッドアクスル使用車の多いレースは荒れるから、自分のクルマは重デフに戻すことにした。

 そうして決勝がスタート。クルマはけっこうよく、1周目のコーナー3つを気持ちよく回ったところで、挙動を乱した前走車とクラッシュし、前走車をリタイヤに追い込むと同時に僕のクルマにも深刻なダメージを受けてしまった。事実上僕のレースはここで終了。走り続けてはいたけど、まったくペースが上がらずただ走っていただけであった。なお、すでにレースの動画は某サイトにあがっていて、それを見ただけでは僕が単に前走車に突っ込んだように思えるけど、あれって前のクルマも巻いてるからね。レース終了後に、当ててしまったH選手にごめんなさいしたら「アレは仕方ないよ」と言ってました。しかし、あそこでひらりと避けられないのも問題だな。
 案の定というか、レースは結構荒れた展開になった。その原因の多くはリジッドアクスルに起因するものだと思う。速いことは速いんだけど、ラインの修正が難しいリジッドアクスルは、クレストの上位という、かなり操縦のうまい連中でもミスしてしまう危険性を秘めている。これからセットが進むと改善されるのか?
 帰宅後に不幸な事実が判明。どうやらモーターケース固定用ネジは、メーカーのスペアパーツでは発売されていないもよう(泣)。必然的にサードパーティ製のチタンやアルミのネジを買わなくてはならない。あれは高いんだよなあ。ツーリングにも同型の17.5ターンを使ってるから、アルミネジはそっちに回して12分の1用にはツーリング用モーターから外した純正の鉄製を使うことにしよう。だって、12分の1のモーターはこれ以上速くする必要がないのだから。
 
 18年最後のクレスト12分の1レースは不完全燃焼で終了。仕方ないのでこのレースのことはさらりと西の海に流し、今週末のスピードウェイ・パルナイトレース最終戦に臨むことにします。

2018年11月28日 (水)

冬の工作

 僕がここ最近走らせているスロバキア産の12分の1カーは、2019年モデルになってフロントバンパーが大型化された。なんでも空力によってボディの前側が変形し、路面と接触してしまうというトラブルを抑制するのだとか。このアイデアはとてもよいと思うのだが、問題は肝心の新型バンパーが「どうぞ付け根あたりから折れてください」と言わんばかりの形状をしていること。バンパーが破損することによってメインシャシーなどを守るという理屈は理解できるのだが、さすがにコレはキツいでしょ、と思ったので、純正のカーボンと同じ厚さ(2.5㎜厚)のFRP板でバンパーを切り出して使うことにした。

A
完成状態。もともと別のパーツを作ろうと思ってけがいた線が残っているが、気にしない。細かいこと気にしていると立派な大人になれないし

 で、このままの色だとなんなので、染料を使って黒く染めてみました。

B
着色完了。下が純正で、FRP製の方は各部の肉厚を太くしている

 肉抜きが異なり、さらに素材自体もカーボンより重いので、確認のために重量を測ってみた。

C
自作板は7.8g

D
オリジナルは5.5gだった

 案の定重量は増してしまったが、細かいことは気にしない。細かいことを気にしていると…(以下略)。

E
問題なく装着できた
 これでボディと路面の接触問題はほぼ解消できそう。バンパーの重量違いによるハンドリング特性の変化などはおいおいテストする予定。なお、今回糸ノコでFRP板を切り出している時にハ○キルーペが本気で欲しくなったのは秘密だ。

2018年11月26日 (月)

パルデイレース18年11月

 直近の仕事は前夜までになんとかして25日はパルへ。

Pal1811day
今日もここから

 前夜になっていつもの計測担当者が来られないことになり、僕がメインでレース進行とタイム計測を行うことになった。今回はミニクラスとツーリング・ブーストにエントリーしたのだが、やっぱり忙しくなってしまったため、ミニは予選第2&3ラウンドに出たのみで、決勝は代役のYT氏に走ってもらいました。そしたらこのYT氏が、ベテランの技を見せて予選6位からスルスル上位に進出し、最終的に3位表彰台をもぎ取ってしまった。予選で僕の走りを見ていて「モーター遅いよ」と言っていたのだが、自分で出たレースが終わってからもまた「モーター遅いよ」と言ってました(笑)。あと「新品タイヤはないの?」とも。今回はクルマの動作確認的参加なので、相当使いこんだタイヤしか持っていかなかったのだ。夏季用タイヤの新しいのはあるから、次に出るのは暖かくなってからにしよう。

 そして肝心のツーリング・ブーストクラス。このクラスには9名が参戦。前に某18年度12分の1全日本チャンピオンに教わったセッティングのヒントをさらに進めてみたくて、先々週の時間のあるうちにリヤサスアームの位置をずらしていたのだが、さすがにこれはやりすぎたようで、予選第1&2ラウンドは苦戦。やはり、チャンピオンのイメージと同じように曲がるクルマは僕には扱いきれない、という考えてみるまでもない結論にいたった。しかしこの日は忙しく、ラウンドの合間にできたことは左右のタイヤをローテーションしてグリップ剤を塗り、バッテリーを交換するくらい。昼休みになってようやくセットを戻す時間ができ、そのセットで走った予選第3ラウンドは自己ベストを大幅更新した。しかし周りも自己ベストを更新していて、最終的な予選順位は4位だった。
 で、決勝第1ラウンドは上位のミスやらトラブルやらに助けられたこともあって2位でゴール。続く第2ラウンドも同じような展開で2位に上がるものの、3位のクルマと接触してしまって大きく順位を落とした。しかしクルマの調子はいいのでコース復帰後はなるべく速いペースで走り続け、なんとか4位まで追い上げたところでレースは終了。意外なことに、両ラウンドの得点合計で総合2位ということになった。

 SAKURA ADVANCE 2K18 EVOのデイレース3戦目はこうして終了。だいぶセッティングのコツも分かってきたから、さらなる向上を目指してがんばろう。なお、ピットではカツりまくっていたので写真を撮っていません。

 スピードウェイ・パルの2018年デイレースシリーズ戦は今回が最終戦。12月はレースが行われず、次回は2019年1月第4日曜日にサーキット反時計回りでの開催になります。

 さ、今度は週末の12分の1クレストカップだ。

2018年11月21日 (水)

朗報

 もちろんゴ○ン氏逮捕のことではない。

 まず、先週末に行われたオーストラリア選手権において永島友吾選手が12分の1モディファイド&ツーリングモディファイド両クラスで見事に優勝しました。おめでとうございます。

 そしてここから本題。なんと、僕の腰痛が治ったのだ。ここ最近は、一度腰痛が始まると何日か引きずってしまっていたのだが、今回は1日どころかほぼ半日で解消してしまった。痛み止めを飲んだ効果もあるのだろうが、薬の効果が切れる時間にも痛みが戻ってこず、ひと晩経った翌日にもぶり返すことがなかった。やはりこれはストレッチの効果だと思う。いやー、サボらず続けてきてよかった♪ 厳密には1日だけストレッチやるの忘れて寝ちゃったんだけど。
 
 今後もこうした状況が続くといいな。

2018年11月20日 (火)

また腰が……

 11月18日(日)は、お台場で開催された「お台場旧車天国」内ラジマガブース手伝いのため4時起きで会場へ。旧車天国は実車のイベントだが、主催出版社を同じくするラジコンマガジンや、ラジコンメーカー数社もブースを設営し、自社製品の宣伝やデモ&体験走行を実施した。僕はラジマガブースに展示されるRC旧車の説明要員として参加したのだが、実際にはミニクローラー体験走行のガイドの方が忙しかった。
 で、体験走行を希望されるお坊ちゃまやお嬢さま、並びに大人の方のお相手をしつつ、販売応対や展示車の解説などをやっているうちにあっという間に1日が過ぎてしまった。開場後にラジマガブースを離れたのはトイレに行った1回のみで、食事するヒマもないほど忙しかった。ま、それでも皆さんに楽しんでいただけたなら幸いである。

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この辺にほぼ1日いました

 ブース設営から撤収までほとんど立ちっぱなしだったこともあり、ちょっと腰が心配だったのだが、案の定次の日に起きてみると腰が痛い。激痛というほどではないものの、それなりには辛い。10月1日にMRI検査を受け、そこで教わった腰痛に効くストレッチは毎日やっていて、お医者さんによるとその効果が現れてくるのが6週間後くらいとのことだったが、7週目ではまだ効果が薄かったか? 幸い痛み止めを飲んだら効いてくれたものの、まだまだ油断はできないと思う初冬の1日であった。
 このところは「ストレッチのせいか最近は腰の調子もいいな♪」とか思ってたのに(泣)。

2018年11月18日 (日)

個人的ビッグニュース

 今年の夏には大きな恐竜展もなく、ちょっと寂しい思いをしていたのだが、どうやら来年は上野の科学博物館で恐竜展をやるらしい。で、その目玉となるのがなんとデイノケイルスだという。
 思い返せば、たぶん87年に前橋市でやった恐竜展で両腕の骨格を見て以来、その禍々しささえ感じさせる“爪”の持ち主はどんな姿だったのだろうか? と、想いをはせて早幾年(いや、正確に年数が分かるけど)、ついに全身復元骨格を目にする日が来るのである。ま、実は近年になって別個体の骨格が発見され、僕が望んでいたような典型的肉食恐竜とはだいぶ系統の違う姿であることは分かっているのだが、それでも全身を見てみたいことには代わりがない。あー、待ちどおしい。早く次の夏がこないかなー。もう、冬とか全然いらないし、早く夏になっちゃえばいいのに。

 なお、恐竜展の公式サイトはココ。デイノケイルスの復元イラストはココで見られます。

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