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2018年12月 7日 (金)

地獄へ道づれ

 注意・以下に映画「ボヘミアン・ラプソディ」のネタバレがあります。それが嫌な人はこの記事を読まないか、映画鑑賞後にお読みください。あと、けっこう長いよ。
















 さてさてクイーンである。僕の姉がクイーンを好きだったこともあって、中学~高校あたりにクイーンの曲を聞いたり、アルバムのジャケットを目にする機会はわりとあった。正直、最初の印象はボーカルのフレディ・マーキュリーのことを「ちょっと気持ち悪いおじさん」くらいにしか思っていなかった。だって、僕が初めてクイーンをちゃんと認識した時のフレディは、短髪のオールバックで口髭をたくわえていたし、衣装もタイツとかアレだったのだから、それを「気持ち悪い」と思うのは中学生男子として正常な反応であろう。しかし、すぐにその気持ち悪いおじさんが稀代のボーカリストであり、パフォーマーであることを理解したのである。おまけにピアノもうまかった。

 そんなフレディ・マーキュリーを主人公にしたクイーンの伝記映画が公開されたので見に行ってきた。ホントは公開したらすぐに行きたかったのだが、同行者の都合で11月後半にまでズレてしまった。行ったのはレディースデイの夕方からの回。新宿のシネコンは平日にもかかわらずけっこうな混みようで、おまけにボヘミアン・ラプソディは他のシアターよりどう見ても来場者の平均年齢が高い(笑)。それでも若い人はそれなりにいた。

 映画のストーリーは、若き日のフレディ・マーキュリーが、後のクイーンとなるメンバーと出会い、そして世界的な成功を収めて、伝説のパフォーマンスといわれた85年のライブエイドのステージを飾るまでを描いている。インド出身で本名はファルーク・バルサラという青年が、自分の出自に劣等感を持ち、自ら西洋風の名前を名乗ることになるのだが、そのフレディを演じるのがエジプト系アメリカ人のラミ・マレック。正直、顔立ちや体つきはフレディに似ているとはいい難いが、ちょっとしたしぐさやステージ上での振る舞いを徹底的にコピーすることにより、見事にフレディ・マーキュリーになりきっている。いやー、タバコの吸い方までそっくりだったわ。そしてすごいのが、フレディ以外のクイーンのメンバー3名。演じている役者さんが誰も彼もそっくりで、特にベースのジョン・ディーコンなんか、タイムマシンを使って若い頃の本人を連れてきちゃったんじゃないかと思うほど。と思ったら、このジョンを演じた俳優はジュラシックパーク(93年)のティム少年だったことが判明した。これには2度ビックリ。
 フレディはその出身もあってエキゾティックな顔立ちだから、なかなか似ている役者もいないことに対し、他のメンバーは比較的普通のアングロサクソン顔をしているから似た人間を見つけやすいというのはあるだろうが、それにしても、である。

 すでにいろいろなところで指摘されていることだが、この映画では、演出上の理由として史実の改変が行われている。事実ではギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラーが結成していたバンドにフレディが加わり、その後にジョン・ディーコンが加入するのだが、劇中ではほぼ同時期の加入になっていたり、フレディのソロ活動時期にクイーンが休止状態にあったりというのも実際とは異なる。正直、なまじクイーンの歴史を知っている身としては、ところどころで「アレ?」と思って素に返ってしまう箇所もけっこうあるのだけど、後で考えると「まあ仕方ないか」と思える改変ではある。フレディがAIDSになってしまったことを他のメンバーに伝える時期も、史実より前のライブエイド直前に変更されているが、これもラストのライブを盛り上げるためとして納得できなくはない。とはいえ、ちょっと引っかかる部分もなくはなかった。これは多分「そういうもの」として2回目を見に行けばもっと素直に楽しめるのだと思う。
 ちょっと面白かったのが、自身の性的嗜好を自覚したフレディが、当時の奥さんに「僕はバイセクシャルだったんだ」と告白した際に、奥さんから「あなたはゲイよ」とあっさり言われたところ。女性と恋愛・結婚していて、男性とも恋愛関係にあったんだからバイセクシャルでいいんじゃないかと思うんだけど、奥さんからしてみればかなりゲイ寄りのバイセクシャルに思えたのかもしれない。で、ある意味開き直ったフレディが男ばっかりの乱交パーティを開くシーンがあるのだが、まー絵面が悪い悪い(笑)。物語上必要なシーンだとは分かるが、美的観点からはやっぱりいらないんじゃないかと思う。よく考えると、この映画には僕がいい映画だと思う条件の「キレイなお嬢(姉)さん」が全然出ていないのだが、相当楽しめたし、機会があれば2回目以降も見に行こうと思っているのだから大したものだ(上から目線)。
 で、この記事のタイトルにもなった「地獄へ道づれ」だけど、これはクイーンの曲の「Another One Bites the Dust」の邦題である。実は、つい最近まで、僕は本来の曲名と邦題が同じ曲だとは知らなかった。ちなみに原曲名や歌詞の中に「地獄へ道づれ」を思わせるものはない。なんでこんなタイトルにしたのだろう? 劇中ではこの曲が誕生するきっかけも描かれていて、それは比較的史実に忠実のようである。ベースのジョンが作ったこの曲の単調なドラムを嫌ったロジャーが演奏を渋るシーンや、それをフレディが説得して曲を完成させるシーンは面白く、完成後のライブ演奏シーンもあって元々好きだった同曲が、この記事を書いている今でも頭の中で鳴り続いている。

 こうした紆余曲折を経て、物語はクライマックスのライブエイドへと突入する。そしてそのライブシーンが圧巻なのだ。音源は実際のライブの時のものを使用しているためクオリティは申しぶんなく、演者たちのパフォーマンスもほぼ完璧だった。陳腐な表現だが、まるで実際にライブ会場にいるかのように思わせてくれる。このシーンを見せられると、それまでの細かい「?」はどうでもよく感じてしまうから不思議だ。
 実際のフレディ・マーキュリーは、ライブエイドから6年後の91年にAIDSによる肺炎で死去しているが、映画ボヘミアン・ラプソディはライブエイドをもって幕を閉じ、フレディの死については字幕で語られるのみであった。しかし、史実では、フレディのAIDS罹患発覚は87年頃とのことで、劇中のように85年のライブエイドより前にフレディが自らの死を覚悟していたわけではないと思うし、そういう演出上のウソもいらなかったのではないかと思えるほどライブシーンはよかった。
 最後に「ズルいなあ」と思ったのは、ラストシーンの後にスタッフロールとともに「Don't Stop Me Now」がクイーン本人たちのミュージックビデオで流れ、続いて「The Show Must Go On」がかかるところ。こんなの「泣け」と言われているようではないか。
 まあ、感動はしたものの泣かなかったんですけどね。

 今年は春の「ウィンストン・チャーチル」に加え、今回の「ボヘミアン・ラプソディ」と、良質な伝記映画を2本も見ることができた。どちらもイギリスを舞台にした作品だというのは偶然だけど興味深い。なお、ウチでは僕だけでなく妹も姉の影響でクイーンがけっこう好きなのだが、まず僕がボヘミアン・ラプソディを見て、何日か後に妹が見に行ったとのこと。仕事やなんやらでその時点でまだ映画を見ていなかった姉が「私より先に2人が行くなんて!」と少々憤慨していたのがちょっと怖かったのは内緒だ。

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