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2018年12月29日 (土)

2008年12分の1世界戦参戦記・その30(最終回)

 もうこの連載更新しないと思ってたでしょ? 僕はそう思ってませんでしたよ。最後の更新が6年以上前だから、知らない人もいるかもしれませんが、その場合は右の「カテゴリー」から過去記事を読めます。年末年始に死ぬほどヒマな方はお読みください。ただし、携帯版ブログではどのように表示されているのか未確認です。
 Y君へ、レース終了から10年になる前には更新するという約束にはちょっと遅れましたが、なんとか2018年内には更新したから許して。

―Cメイン決勝レース(2008年11月11日・月曜日)

 グダグダの状態からなんとか巻き返し、当初の目標だったCメイン入りは果たすことができた。そのCメイン出場メンバーを見てみると、02年のEPツーリング世界チャンピオンのスリカーン・チャイダスリヤや12分の1ヨーロッパチャンピオン、世界戦ファイナリスト、スロバキア某メーカーの創設者親子、当時は秋葉原某ショップのカリスマ店員で、現在は某メーカースタッフ&レースオーガナイザーとして活躍するE選手などそうそうたる顔ぶれ。本来ここにいちゃいけないような気がするスリカーンには、操縦台の上で「ハロー、ハセガワサン♪」とあいさつされてしまった。
 Aメイン決勝レース同様に、Cメインも全部で3回行われる。日本から持ってきたタイヤもだいぶ小さくなってはいるものの、決め打ちで来たタイヤが使えたので、本数的には問題ない。クルマにも特に問題を感じないため、セッティングもそのままで行くことにした。
 そのCメイン1回目、それまでのように操縦台の奥まで行くと、僕よりさらに左側にスリカーンがいた。彼の体格や送信機の持ち方なら僕の視界も遮られないので、逆にスリカーンに「僕の送信機ジャマにならない?」と聞いたら、「問題ないよ」とのことだった。決勝第1ラウンドはかなり荒れた気がする。まずは1番グリッドからスタートしたスリカーンがトップでゴール。僕はそれなりに走りきって6位でゴール。周回数はともかく、ベストラップは上位選手とそんなに離れていないので上出来といえた。

F1001c
決勝第1ラウンドの結果。努めて淡々と走ったわりにはタイムがよかった

 決勝第2ラウンドは荒れに荒れ、スタート直後から各所でクラッシュが頻発、僕も件のシケインで単独ミスしてしまい、フェンスにスタックしたところ、そこにスリカーンのマシンが突っ込んで、彼をリタイヤに追い込んでしまった。ごめんなさい。ワザとじゃないので許してください。たしかこのレース中にスロバキア某メーカーの創設者が「なぜ誰にもペナルティが出ないんだ!」とスラブ系なまりの強い英語で叫んでいたのが印象に残っている。世界チャンプをリタイヤさせておきながら、コース復帰後はわりと普通に走れた僕は、とりあえず完走することはできた。

F2001c
トップゴールはカリスマ店員(当時)。僕は5位でフィニッシュしている。今、結果表を見返してみると、思いのほかベストラップタイムがいい。やっぱりこの世界戦は調子がよかったのだな


 第1ラウンド6位、第2ラウンド5位と、スタート位置より上位でフィニッシュすることができた。正直、スリカーンには悪かったけど、もうこの時点で相当満足感はあった。だが、Cメイン決勝レースはもう1ラウンドある。せっかく大枚はたいてタイまで来ているのだから、最後の決勝も存分に楽しみたいとは思っていた。
 実は、この決勝第3ラウンドは、終了直後からあまり記憶がない。結果表を見直してみると、相対的なベストラップタイムがあまりよくないので、おそらく調子はそれなりのものだったのだろう。一応スタート位置の8位より上でゴールはしているものの、たぶんタイヤやバッテリーなどのハードウェアと僕自身が限界にきていたのだと思う。

F3001c
Cメイン第3ラウンドの結果と総合順位。第3ラウンドはスロバキア人親子に挟まれてフィニッシュしている。オセロだったら僕もこれでスロバキア人になるところだ。そして親父さんの方が3ラウンド連続で僕の次でゴールしているのも奇遇といえば奇遇だ


 こうして僕の08年IFMAR12分の1世界戦は総合27位で終了。終わってみるとなかなか楽しい世界戦ではあった。何より高温多湿という気候がいい。この後は1日おいてツーリングの世界戦が始まるが、僕は出場せずに取材と雑用のみなので、あとは気楽である。問題は帰国すると初冬の日本が待っていることだけど、この時点でそのことは考えないようにした。12分の1世界戦終了後は、ピットエリアで簡単なバンケットパーティが行われた。もちろん、僕はタイ料理を中心にご飯を楽しませてもらいました。アルコール飲料は嫌いなのでそれはパス。また、ツーリング世界戦終了後にはホテルでの立派なバンケットもあり、それはそれで十分に楽しめた。帰国までの様子などは、このブログの2008年11月のアーカイブで確認できます。


 タイでの12分の1世界戦が終わって10年が経った。僕は10年の12分の1ドイツ大会にも出場しているが、この時はレース以外に面白くないことがいろいろありすぎて、参戦記を書く気にはならない。そしてレースの結果もよくなかった。やはり、レースというのは、参戦する際の準備や、その他のことが順位に大きく影響するのは間違いない。
 世界戦には10年以降出ていないものの、まだしぶとく12分の1モディファイドクラスのレースをやっているのは、このブログの読者ならご存じだろう。まだしばらくは辞める気もないし、操縦法とかクルマのセットとか、チャレンジしたいこともたくさんある。引っ張りに引っ張った世界戦参戦記はここで終わりとなるが、これって僕の死亡フラグじゃないよね?

 では、皆さまには残り少なくなった2018年を無事に過ごされることと、新たなる年での飛躍をお祈りします。




 このブログはまだ年内更新予定はあるけど。

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