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2011年12月30日 (金)

再録・日々これ12分の1 第13回(800gの話)

 早いもので当コーナー「日々これ12分の1」も連載2年めを迎えることになった。そこで、ちょこっとだけカンバンをリニューアル(雑誌連載当時に、タイトルのロゴなどを変更)したのですが、いかかでしょうか? 実はこの1年の間、いつ編集長から連載中止を命ぜられるかビクビクしていたのだが、どうにか生き残ることができてホッとしている。なにしろ昨シーズンのボクのレース成績は世界戦~全日本とハズしまくり、こんなボクが12分の1について何か語って良いものだろうか? と反省していた時期もあったのだ。しかし反省のないところに成長もまたない。ということで、終わったことは西の海に流し、今シーズンも心を入れ換えてがんばるので、これからもよろしくおねがいいたします。
 さて今回は、今シーズン(2001年)からJMRCAのレースでも採用されることになった12分の1・4セル規定に伴う新重量規定800gの話を。
 12分の1クラスの世界的傾向(だと思うが)の4セル化はわが国も例外ではなく、01年度の全日本選手権は4セルで開催されることになった。これは、昨年日本で開催された世界選手権の規定に合わせたものだが、その世界戦でも参加選手たちの頭痛のタネとなった最低重量規定は、最終的に800gに決定した。昨年末の発表時には世界戦と同じく880gであった同規定、さすがにJMRCAでもこれは現実的ではないと判断したのか、結局イギリス・BRCAの規定と同じ4セル=800gに変更されたということだ。
 こうして、一見4セルとしてはリーズナブルな重量規定に決定したわけだが、実はこの800g規定により、ボクは新たな悩みを抱えることになってしまったのだ。
 ボクは昨年末から自身のレース用マシンをトリニティ・スイッチブレード12SJに変更した。このマシンは各部の剛性が高く、そのため走行も非常にカッチリとした特性を見せる。この点に関してはとても気に入っているのだが、反面、ライバルメーカーたちのマシンに比べると重い。なにしろメインシャシーなんか厚さ2.6㎜もある。試しにアソシ12L3のノーマルシャシー(6セル用)とメインシャシー単体の重さを比べてみると、何と12gも重いことが分かった。元々重量の軽い12分の1クラスではこれは相当な差である。加えてフロントサス回りも金属を多用(コラリーのように金属製ビームが付いてるわけではナイが)しているため、けっして軽い造りではない。これらの要因がどういう結果をもたらすかというと、スイッチブレードを4セル仕様でほぼノーマルに組んだ場合に「車重840g」になってしまうということ。
 ただでさえ4セル化によって絶対的な出力が落ちているうえに、40gも余分な重量を抱えていてはライバルに対してかなり不利。そこで、本格的なスイッチブレード軽量化計画を実行に移すことにした。
 まずはメインシャシー及びフロントサスペンションブレースに削り&肉抜き加工を施し、これで数gの軽量化を果たした。しかし、当然耐クラッシュ性は低下した。加えてビス類をアルミ製に変更。しかし、元々大半のビスがアルミ製だったので、これは2、3gの軽量化にしかならなかった。最後にもっとも効果的だったのが、受信機&アンプの樹脂製ケースをはずして熱収縮チューブでカバーし直したこと。この改造だけで約14gの軽量化に成功した。もっとも、これも受信機&アンプ内部の電子回路保護を考えると感心できないことではあるのだが……。
 これらの改造によってボクのスイッチブレードは、プロトフォーム・P35ボディ搭載で820gに仕上がった。しかし、規定まではまだ20gある。先月号でも紹介した別電源を取ってしまえばちょうど800gで仕上がるのだが、別電源にはこだわりがあり、これは外したくないのでさらなる軽量化は今後の課題とした。
 こうして軽くなった4セルカーは、以前(880g時)に比べて圧倒的に速くなった。事実、ボクの地元であるクレストスピードウェイで開催されている月例4セルレースでは、880g時代の記録を1周以上塗り替えている。これは、軽くなったマシンの加・減速性能が向上したこともあるが、軽量化によってタイヤのグリップに余裕が生まれ、コーナーリングスピードが大幅に速くなったことが最大の要因だろう。
 見た目には、ストレートスピードは6セル時代と変らない(むしろやや遅い)が、コーナーの通過速度が速いため、4セルマシンはまるでスロットカー(専用の溝付きコースを走る模型レーシングカー、これが名称の由来で、決して「スロットル(・)カー」ではない)のような走りを見せてくれ、これはこれでかなり面白い。ただし、以前は4セルマシンのメリットといわれていた「軽量のためクラッシュ時に衝撃が低く、マシンが壊れにくい」というヤツは速度向上により完全に相殺されてしまったが。
 ところで、初の800g規定で行われた2月のクレスト4セルレースでは、なぜかボクが強豪選手を抑えて優勝してしまった。これが今年のピークになってしまわなければ良い、と今から心配しているのだが……。

 内容から分かってもらえると思いますが、原稿を書いたのは01年の2月です。1セルリポ時代となり、結構な重さのバラストを積まないと730gの規定に達しない現在からは考えられない苦労をして軽量化を行っています。まあ、それも今となっては懐かしい思い出に……。
 そして最後にはクレストナイトレースでの優勝についても書いています。この時のことは今でもハッキリと思い出すことができます。何しろ生涯でもめったにない会心のレースでした。予選まではイマイチだったので、決勝前にアンプを載せ換えたら、決勝ではみちがえるようにクルマがよく走って、予選6位スタートながらすぐにトップに追い付き、アオリまくった末にミスを誘って抜くことができました。ちなみにこのときトップを走っていたのはこの間の12分の1全日本でもAメインに入った某選手です。これで「今年はイケるかも?」と思ったものの、案の定その後は低迷し、クレストナイトレースに至ってはその次に優勝するまで約8年かかりました(泣)。本来の実力以上の結果が出たということで、このレースでの僕には“何か”が降りて来ていたのでしょう。すぐにいなくなってしまったようですけど。別に常駐してくれて構わないんだけどなあ。(2011年12月30日・記)

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