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2009年6月11日 (木)

再録・日々これ12分の1 第9回(00年全日本の話)

 ボクがRCを始めたのが1978年だから、RC歴は22年(2000年時点)ということになる。こんなに長くやっているのになかなかウマくならない。その証拠にレース成績も常にイマイチだ。もっとも、22~26歳の頃はほとんどやってなかったのでドライバーとして一番オイシイ時期を逃してしまったのかもしれないが。
 そんなボクの後悔レース歴(そんなモノないほうが良いけど)にまたひとつ新たなレースが加わった……。
 今回は2000年JMRCA12分の1全日本選手権の話。
 今年の大会は千葉県市原市にあるケイチューン・レーシングスピードウェイ(KRS)で10月7~9日にかけて開催された。世界戦が終わってすぐにホビーショーがあり、後はズーッと仕事で気が付くと全日本1週間前。そこで世界戦用4セルマシンを急いで6セル仕様に組み替えてケイチューンに練習に行ったが、この日は午前中が雨。午後には走れるようになったものの、結局満足に走れずに終了となった。
 そして、なし崩し的に全日本ウイークに突入、今回は大会2日前の5日から現地入りすることにした。
 5&6日はテスト&練習に当てたかったのだが、5日も午前中は雨であまり走れず終了。6日は好天だったが、もうひとつ納得いく結果が得られずに本番を迎えることになった。
 今回のセッティングのポイントはタイヤだ。本来、GPカー用コースであるKRSの路面は12分の1にはやや粗く、スポンジ質の多いリヤタイヤでは非常に磨耗が速い。ひどい時にはバッテリー1パックで2㎜以上減ってしまうのだ。そこでJACO、またはTRCのピンクやヨコモのLラバーなどを使用することになる。これらのタイヤは8分間安定したグリップ力を発揮してくれるのだが、コーナーリング開始時の滑り出しがやや唐突なのでドライビングに注意が必要となる。また、事前に多くのピンクを用意することができず、手持ちのピンクは本番用の2セットのみ。そこで練習はLラバーだけで行っていた。後で考えるとコレが良くなかったのかも知れない。
 またニッカドバッテリーの使用が義務付けられる全日本では、世界戦で使ったニッケル水素3000が使えないためRC2400を数パック購入した。これだけでは足りないので残りはHPI(当時)のH様から拝借(いつもお世話になります)することにした。
 そして始まった2000全日本。初日は快晴に恵まれたが、大会運営用パソコンのトラブルでこの日の予選1回めはキャンセル。練習走行とコントロールド・プラクティスのみが行われた。ここでは38位のタイムを記録したが、自分の走りには納得がいかないまま初日を終えたのだった。この晩、ホテルで全日本のレポートを担当するスマイリー荒川(RCマガジン)と合流、翌日の予選取材の打ち合わせを簡単にして早めに床についた。
 大会2日めは予選が全部で3ラウンド行われる。最終日にも予選最終ラウンドが予定されているが、翌日の天気予報は雨。2日めの予選結果だけで総合順位が決定されてしまう可能性が大きい。
 予選第1ラウンド。スタートと同時に「しまった!」と心の中で思った。モーターが遅いのだ。実はここでは練習で使っていたのとは違うモーターをチョイスしたのだがこれがハズレ。このレースはほぼノーミスで走り切ったがタイムは良くない。下で見ていたスマイリーにも「スピード遅いよー。」といわれる。この時点でボクの順位は40番台だった。
 第2ラウンド。今度は練習の時と同じモーターなのでスピードはそこそこ。しかし、前を走るペースの遅いマシンを交わそうとした際にミスしてパイロンに乗り上げ、タイヤを痛めてしまった。これが原因でその後のペースは上がらずに、このラウンドでは自己タイム更新できずに50番台に後退。
 第3ラウンド、もう後がない。最近のレースはこんな展開ばっかり。リヤタイヤはJACOピンクをチョイスした。このピンクはLラバーより速いタイムが出そうなのだが、ドライブはややシビアになる。しかし年に1回の全日本なんだから、少々ムズかしくてもタイムが出るセットを優先するのは当然で、後はボク自身の問題だ。
 レースがスタート。最初から飛ばす作戦で、各コーナーを攻めながらクリアして行く。そうして差しかかった1周めの最終コーナー、「なんか思ったよりも曲がるなあ」という思いが脳裏を過った瞬間、パイロンにまたしても乗り上げてしまいクラッシュしてしまったのだ! これで数秒以上ロスして、タイム更新の望みはなくなった。
 こうして2日めも終了。この夜もホテルでマシンを整備しておいたのだが、予報どおり3日めは降雨により完全にキャンセル。ボクの順位は総合61位で確定した。
 来年こそ結果を残すぞ……。

 00年の全日本について書いていますが、この年9月の世界戦から始まったダメスパイラルは見事に続いていました。関東2次予選2位のうさを晴らすどころか、予想以上の下位に終わっています。いや、自分が全日本で上位に入れる選手じゃないことぐらいは分かっていますが、せめて実力はすべて出し切りたいじゃない。いや、だからクルマのセッティングを含めてすべて実力だってのも理解していますが……。レース会場となったケイチューンは、残念ながらこの当時はあまり12分の1向きのコースとはいえませんでした。しかし、その後グリップ剤の散布などによって路面の質が変わり、2005年の12分の1全日本選手権関東1次予選でここを走ったときにはすごく楽しいコースになっていました。最近はケイチューンで12分の1レースがないのが残念ですが、機会があればまたここで12分の1を走らせてみたいと思っています。またケイチューンで全日本やらないかなあ…? (2009年6月11日記)

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