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2009年1月 6日 (火)

再録・日々これ12分の1 第5回(関東2次予選の話)

 腕が痛い――。
 去る6月18日(2000年)に、群馬県のクレストスピードウェイで開催された今年度のJMRCA12分の1全日本選手権関東地区予選に出場していたボクは、各参加者に義務付けられたコースマーシャル業務を行っていた。
 そのレース中、ボクはフェンスにスタックしたマシンをレースに復帰させるためコース上におり、本来の待機位置に戻ろうとタイミングを見計らっていた。しかし突然、ボクの右腕に強い衝撃が走ったのだ! 最初はナニが起こったのか理解できなかったのだが、次の瞬間、ボクの腕にマシンが激突したのだと分かった。
 痛いのとビックリしたのとでパニックになりそうだったが、すぐにボクのヒザの上にあるマシンをコースに戻してマーシャルを続行した。そのレースの終了後ピットに戻って確認すると、右手人差し指の付け根に切り傷ができたていたがこれは大したことがない。問題は腕の打撲である。マシンがモロに骨の上に当たったらしくかなり痛むのだ。ちなみに計算してみると、この時の衝撃の大きさは野球のボールが時速115㎞程度でブツかったのと同じ位になる。その日から1週間は湿布薬のお世話になることになった……。
 レースの話をしましょう。
 00年の12分の1全日本の出場権を獲得するための関東地区予選(2次予選)には76名の選手が参加した。全日本本選に出場できるのはこの内の上位40名ということになる。
 会場となったクレストスピードウェイはボクの実家から車で約30分の距離にあるので、レース前々日の夜から実家に泊まって練習に行くことにした。
 世界戦出場が決まってからは4セルの12ばかりやっていたが、今年の全日本は6セル規定、しかもニッケル水素バッテリーが使用できない。そこで、新型のRC2400ニッカド投入――と行きたいところだが、お小遣い的にキビしいので昨年の全日本で使ったRC2000を使うことに。まあ、2000でも予選通過はできるだろうとタカをくくる。
 しかし、練習では燃費がキツイということが判明した。いくら40位以内に入れば良いとはいえ、レースとなればなるべく上位でフィニッシュしたい。ボクの予想ではトップを争うには8分で46周に入れる必要があるが、46周ペースで走るとバッテリーが持たないのだ。結局、燃費の問題を残したままこの日の練習を終えることになった。
 明けてレース当日、まずは予選の組み合せを決めるコントロールド・プラクティス(CP)からスタート、ここでは総合6番手のタイムをマークした。でもこれはあくまで参考タイムで、本番は次の予選1ヒートから始まる。CPでも燃費はキツかったので、会場に居合わせた〝えびちゅ〟ことRCハウスチャンプの松藤店長に相談したところ、何と特製の16ターンモーターを貸してくれたのだ。
 このモーターが大当たりで、快調に走った予選1回めは燃費を気にして走行したせいかバッテリーを余らせてしまったほど。それでも総合8番手にランクされたので予選通過はほぼOK、ひとまずホッとする。
 愛車アソシRC12L3も好調だ。タイヤはF/Lラバーファーム、R/Kラバーハード、ボディはプロトフォームP35をチョイス。余談だが、友人のT君は、ボディに関してCP前に「男の子ならザウバーだね!」と言ってたクセに予選1回めにはP35に変えていた……。
 前ラウンドとまったく同じセッティングで迎えた予選2回め、今度はトップに約0.7秒差の45周8分4秒のタイムで総合2番手にランクされた。バッテリーの持ちもバッチリで、ここまで来たら2次予選トップ通過を目指すしかない。
 ボクは予選最終組の出走なので、予選最終ヒートとなる3ラウンドめの前に予選第1、2組のコースマーシャルを行わなければならない。その予選第2組の第3ラウンドで起こったのが冒頭のアクシデントなのだ。あまりの痛さに予選3回めを棄権することも考えたが、トップ通過の可能性を残したままレースを諦めるのは悔しいので、タオルで右腕を冷やして約1時間後のレースに出走することにした。
 そうして始まった最終予選、マシンは相変わらず快調で、順調に周回を重ねて行くが、断続的に右腕を襲う痛みに耐えつつ走るレースはかなりツラい。それでもこのまま走り切れば1位に立つペースで走行していたのだが、何と残り2周で周回遅れのマシンと絡んでしまった! 結局この時のロスが響いてタイム更新ならず。ボクは2番手のまま2次予選終了となった。
 1位にはなれないは、ケガはするはで不完全燃焼に終わった今年の全日本2次予選、この悔しさはぜひ10月の本選で晴らしたいものだ。

※2000年6月に開催されたレースのレポートだけど、まずは負傷した話から。あのときの衝撃と痛みは今でも鮮明に思い出すことができます。本当に痛かったのです(涙)。
 ケガはともかく、クルマは実に快調に走ってくれました。それだけに最終ラウンドのミスが悔やまれます。地元開催とはいえ、トップ通過なんてそうそうできるものじゃないから。関東2次予選では2005年にも2位通過という結果を残していますが、やはり2位どまり。関東予選トップ通過は夢と終わるのでしょうか? まあ、予選結果が何位であろうと全日本本番の成績には関係ないのだけど、やっぱり2位よりは1位の方がいいよなあ。ちなみに関東予選でのウサを本番で晴らせたのかどうかはおいおい……。(2009年1月6日記)

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