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2009年12月 5日 (土)

ライコネン、シトロエンラリーチームへ

 恐れていた事態がついに現実のものになってしまった。キミ・ライコネンがシトロエンと2010年のWRC参戦契約を結び、同ジュニアチームで来シーズンのラリーに出るというのだ。これでライコネンが来シーズンのF1を走る可能性はまずなくなってしまった。もちろん、ライコネンがラリーでどれだけ活躍できるか、ということには興味がないわけではないが、それでもまずはF1である。いやー、来年は気を入れて見たいドライバーがベッテルしかいなくなってしまった。もう彼の全戦優勝でいいな。仕方ないから、来年はラジコンレースにさらに力を入れるか?
 ちなみに今週末は、長谷川敦年末4週連続レースの第2戦、クレスト09年最終戦「クレストカップ」です。さて、今年を締めくくるよいレースになるかどうか?

2009年12月 3日 (木)

あーたまーをくぅもぉのー♪

 アタマの悪そうなタイトルで申し訳ありません。

 11月29日に静岡県裾野市のホビーショップ・ロックウェーブで開催された第1回12分の1ミーティングに参加してきました。以下はそのレポートです。

 ホントはレース開催日には仕事があったため、ロックウェーブ店長の棚橋君にも「多分行けません」と言っておいたのだが、前日昼過ぎに状況が変化し、とりあえず日曜日は休めることになったので、急きょ参加を決定。当然レースの準備なんかしてないから、土曜日の夜12時に某出版社から帰宅し、事前情報を元に手持ちの中から硬めのラバータイヤをいくつかピックアップした後に午前1時半に就寝、4時には起きてロックウェーブに向かった。
 環八が混んだらヤなので早めに出たら何と午前7時には現場に到着。コースオープンは7時半とのことだったので、なぜか一番乗りであった。これだとまるでヤル気満々の人である。もっとも、僕の到着から3分後にはチームヨコモの村井正順選手も到着したから、開門まで退屈しないで済んだ。村井さんココアごちそうさまでした。そうこうするうちにほかの参加者や棚橋店長も到着。無事にコース入りできた。
 さて問題なのは、僕がマトモにロックウェーブのサーキットを走れるかということだ。何しろここに来るのは3年半ぶり2度目。しかも前回来たときは撮影用に持ってきたABCホビーのジェネティックを5、6周走らせただけ。つまりほとんどぶっつけ本番である。聞くところによると、村井選手は6日前に練習していて、カワダワークスの福岡真選手も前日から練習しているとのこと。タダでさえ操縦技術に絶望的なほどの差があるのに、準備段階から遅れをとっていては話にならない。もちろん、ワークスドライバーだけでなく地元の選手もいる。ということで、この日の目標は順位云々ではなく「大恥をかかないようにする」という極めて低いレベルに設定して準備を進めた。

 で、コースオープンから約1時間、とりあえず11月第1土曜日のクレスト月例レースで走らせたままのクルマに硬めのタイヤを装着し、恐る恐る走り出すと意外とマトモに走れる。寝不足気味でテンションが変なせいか、あまり大きなミスもしない。
(もしかしたら、ちょっとは戦えるかも?)と考えて目標を修正。
「最下位にならないといいな」
 まだ十分に低いが。

 そんなこんなで予選がスタート。開催時期がちょっとよくなかったのか、この日の参加人数は9名、予選は3名ずつ3組に分けられ、僕は第1組で出走した。全部で3回行われる予選の1回目では暫定4位(だったと思う)。Aメイン枠は5名なので、もしかするとAメインに入れるかもしれない、と、朝イチから考えるとずうずうしいほどに目標を上方修正し、昼休みにも練習とセッティング変更を行い、どうにか総合5位で予選を終了した。

 決勝は2ラウンド行い、各ラウンドの着順ポイント合計で最終順位を決定する方式だ。決勝前に最後の悪あがきとしてセッティングを変更したら、これがいい感触なので、割と落ち着いて決勝第1ラウンドのスタートを迎えることができた。どっちにしろ予選順位より下がることはない。僕自身は最後尾からのんびりスタートしたが、上位集団ではスタート直後に混乱があって気がつくと予選2位の村井車が僕のすぐ前を走っているという状況になった。しかし、ここで無理に勝負を仕掛けるほどの余裕(と速さ)はこちらにはないので、しばらくマイペースで走ることにした。村井車はすぐに僕から離れていってしまったものの、直前のセッティング変更が効いたのか、どうやら3、4位を走るクルマには追いつけそうなスピードがあることが分かった。なので約2分経過時から追撃モードに切り替えた。
 12分の1で1周6秒台というショートコースのロックウェーブでは些細なミスでも命取りになる可能性が高い。僕自身は当然のこととして、ミスができないのは上位を走る選手も同じだ。で、今回はうまい具合に3&4位のマシンがミスってくれたのでレース中盤には3位に上がることができた。上位2台とはペースに差があるけど、3位に上がってからは比較的楽に走れてそのままゴール。まずは予想以上の成績である。トップゴールは予選1位の福岡選手、これで総合優勝に王手。

 (こうなったら3位がほしい)―そんな下心100%で迎えた決勝第2ラウンドだが、スタートしてみると、先ほどとはうってかわってペースが悪い。フロントタイヤへのグリップ剤塗布幅が狭すぎたみたいで、かなりアンダーステアがキツいのだ。どうやらAメインを走る中で最も遅いのが僕のようだ。仕方ないのでステルスモードに変更、ミスだけはしないように淡々と走って、上がミスしたスキをぬって順位を上げる作戦である。しかくうまくしたもので、この作戦で走っていると、3&4位にミスやトラブルがあってまたしてもレース中盤には3位に浮上できたのだ。とにかく目立たないように走り、3位になっても誰にも気付かれないままゴールする作戦だったのに、レース終盤に「あれ? 長谷川選手が3位に上がっていますね」などとアナウンスされてちょっと焦った。「しーっ!」って感じ。でも何とかそのままゴールし、総合でも3位に入ることができた。このラウンドの1位は村井選手で、ポイント上は福岡選手と並んだものの、レースタイムがよかったため総合優勝も村井選手に決定した。

 今回は事前の準備もロクにできず、しかも完全アウェーのサーキットでの開催だったわりには望みうる最高の成績を残すことができた。まあ、何年かに一度はこういうレースがあってもいいよね。棚橋店長ならびに参加された皆様お疲れ様でした。2010年にもまた開催する可能性があるとのことなので、次回も参加したいと思います。ただ、できれば僕の参加しやすい日程にしてね♪ ちなみに、タイトルはロックウェーブ到着時に僕の頭に浮かんだある歌の一節です。いや、駐車場から富士山の頂上が見えるもので。

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ロックウェーブ・インドアカーペットコース。かなり小ぶりなサーキットだが、12分の1を走らせていてもストレスは感じない。良く走るミニッツをやってるみたい。

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チームヨコモの村井選手。各ラウンドのインターバルや、昼休みにもセッティング変更&確認を繰り返し、最後には見事総合優勝を飾っている。この熱心な姿勢には頭が下がります。すみません、僕はお昼ゴハンを優先しました。あ、でも村井さんもセッティングが一段落してからカレー食べてました。


12r5_2













村井選手のアソシエイテッド・12R5。1セルリポ使用である。


F_2
























予選で1位を獲得したものの、Aメイン第2ラウンドでの痛恨のミスにより総合では2位に終わった福岡選手。レース終了後にはミスしたことを心から悔やんでいました。こういう気持ちって大事だよね。写真のピントがイマイチで大変申し訳ありません。


T























表彰式であいさつするロックウェーブの棚橋店長。自身も09年度12分の1全日本ファイナリストである。


R51













僕の友人が持ち込んだアソシエイテッド最新モデルの12R5.1。モーターマウントなどがR5と異なる。

Air













んで、ナニゲに受信機はエアトロニクスだったりする。

 以上、ロックウェーブレース報告でした。

※追記(12月3日午前1時45分) 村井さんの参戦記が某ブログにアップされていました。上のレポートより真面目な内容で読み応えがあるのですが、僕の紹介に誤りがあります。「●●●●の長谷川~」の●●●●の前に「元」を付けるとか、あるいは●●●●を「ライター」と脳内変換していただけると助かります。

2009年11月19日 (木)

ライコネン休養決定?

 昨晩あんなことを書いたばかりだというのに、18日付け複数のモータースポーツサイトでは、キミ・ライコネンは来期の契約に関してどのチームとも合意に至らなかったため、2010年のF1GPには参加せず、ラリーなどに参戦しながら2011年の復帰を目指すことになりそうだ、と報じている。
 個人的にはこれで来年のF1を見る楽しみがかなり減ってしまった。もしかするとプロスト引退以来のショックかも? まあ、それでも地上波の中継は見ると思いますけど、ってフジテレビもまだ来シーズンの中継契約はしてないんだっけ? それはそれでちょっと困るなあ。
 さて、どうなることやら。

2009年11月17日 (火)

メルセデスGP誕生

 気がつけば約2週間の放置。そして今回もラジコンの話題ではありません。いや、やや忙しいながらもそれなりに12分の1はやっているんだけど、今メインでやってる1セルリポのことはもう少しテストが進んでから書こうと思っているのです。しかし、今週末にはクレストでJMRCA12分の1関東選手権があるというのに、出場できないのがとても残念だ。ああ、日程を決めた人が恨めしい。まあ、僕のために開催するわけじゃないから仕方ないんだけど、よりによって22日にするんだもんなあ……。もう、日程聞いた瞬間に「出られない」って思ったもの(涙)。
 繰言はこのぐらいにして、タイトルの話題を。今年のコンストラクター&ドライバーの両タイトルを獲得したブラウンGPの株式75.1%をメルセデスが買収し、来シーズンからは「メルセデスGP」として再スタートを切ることになったそうだ。この話自体はちょっと前から噂に出ていたことなので、トヨタ撤退同様にそれほど大きな驚きはないが、気になるのは来期のドライバーラインナップである。どうやらニコ・ロズベルグが加入する可能性が大きいようだけど、もう一人のドライバーはどうするのだろう? 何だかここへきてバトンがマクラーレンに移籍するみたいなことになっているから、そうなるとマクラーレンへの復帰濃厚といわれていたライコネンはどうなるのよ? だったらいっそのことメルセデスに行ってちょうだい。でも、バトンとブラウンの契約がまとまらない原因は契約金の額だというから、バトンより高いといわれるライコネンでは無理かなあ…。とにかく、お願いだからライコネンは休養しないでね。

2009年11月 4日 (水)

トヨタ撤退

 トヨタが今シーズン限りをもってF1GPからの撤退を表明した。「あらあらやっぱり」という感じで残念ではあるが、ずいぶん前から予想されていたことなので驚きはない。でも、せめて1回くらい勝ってからやめてほしかったなあ。あの第3期ホンダだってドサクサまぎれの1勝を記録しているんだから。しかし、ホンダに続きトヨタまでもとなってしまうと、日本におけるF1報道が今後どうなるのかが気にかかる。とはいえ、今はインターネットもあるし、昔に比べればはるかに情報の量は多いので、そんなに気にするほどのことでもないかもしれない。
 実は、先日実家にて1978~1983年のAUTO SPORT誌をあさる機会があり、目的の号を探しながらも「ああ、この頃はAS誌の情報がほぼすべてだったなあ」と感慨にふけっていたばかりなのだ。それに対して現在は、多すぎともいえるほどさまざまな情報があふれている。いきおいどうでもよい情報も多くなっているワケで、それに惑わされないようにするにはこちらがしっかりと真贋を見極めるしかないのだろう。ということで、世間に流れる情報も簡単に信用しちゃダメですよ。例えばこのブログとか……。

09シーズン終了

 日曜日のアブダビGPで09年のF1GPシーズンが終了した。毎年思うのだが、終わってみるとあっという間の1シーズンだった。締めくくりとなったアブダビのコースは、パーマネントのクセに何となく市街地サーキットっぽくて面白かった。注目の立体交差ピット出口でも大きな問題はなく、初開催としては満点に近い出来だったのではないだろうか? トワイライトタイムも幻想的でよかったね。
 レースはベッテルの圧勝で終了。彼には来年まで史上最年少チャンピオンの可能性があるとのことなので是非頑張ってもらいたい。もちろんライコネンの快走にも期待している。などと考えていたら、ブリヂストンが2010年いっぱいでのF1撤退を発表した。契約が10年までで、それ以降の更新をしないとのことなのだが、97年からレースの盛り上げに一役買ってくれていたことを思うと寂しい限りだ。やっぱり景気がよくないのかな? 
 来年以降も残念な見た目になる車体規定はキープされるようだが、レース中の給油がなくなるのはとてもよいことだと思う。給油はインディでやってるからいいよ。タイヤ交換はあるだろうから、ピットでの順位逆転は来年も起こると思うけど、あの、ホントは誰が速いのだかイマイチ分からない予選がなくなることと、マシン重量の違いによる渋滞が起こらないのは歓迎できる。
 こうしてF1が終わってしまい、フォーミュラ・ニッポンもすでに終了しているため、生活の張り合いが減ってしまっているのは否めない。ラジコンの方は別にシーズンオフにはならないが、頑張ろうと思っていたJMRCA12分の1関東選手権が仕事の関係で出られないのが痛い。何であの週末にレース開催日を設定するのかなあ?……。まあ、今年はJMRCA主催のレースに縁がなかったということだな。来年はどうなるのでしょうか?
 10年のF1GPは3月14日のバーレーンで開幕する。あと4か月以上あるのは長いけど、頑張って大嫌いな冬を乗り切っていきたい。それとライコネンは早く来年の行き先を発表してください。

2009年10月29日 (木)

立体交差?

 今週末はいよいよ09年のF1GP最終戦アブダビだが、このGPのために新規に造られたヤス・マリーナサーキットのユニークなピット出口が話題になっているとのこと。何と、ピットアウトしたマシンは、一度ホームストレートの下をくぐって本コースに合流するというのだ。詳細は下のリンク先にある車載映像を見てもらいたいが、そのレイアウトはまさしく立体駐車場のそれ。こんなスタイルにしたのは何か理由があってのことだと思うが、とにかくユニークである。ここんとこ評判を下げている感のあるヘルマン・ティルケ事務所の最新作となるヤス・マリーナサーキット。果たしてピットアウトを含めて本番はどんなレースになるんでしょうか? 個人的には結構期待。
 もちろんライコネン&ベッテルの活躍も期待しています。

※ヤス・マリーナサーキットを走るブルーノ・セナ車の車載映像(最初の40秒に注目!)
http://www.youtube.com/watch?v=ikvjwBEYk50

2009年10月28日 (水)

再録・日々これ12分の1 第11回(Tバーの話)

 新車を買ってしまった――もちろん実車ではなく12分の1のこと。ボクはこの数年アソシエイテッド製のRC12Lシリーズをレースで使用してきたのだが、そのマシンのことは1年位前から気になっていた。当然アソシには愛着があり、また特に不満も感じていなかったので、マシンチェンジをするまでには至らなかったのだが、2001年を迎えるにあたって何か変化が欲しくなったので、この機会に新車を購入することにしたのだ。
 実はすでに、新車を使って12月に行われた地元のレースに出場している。この時はセッティングが万全でなかったためレース結果はイマイチに終わったが、マシンの潜在性能には確かな手ごたえを感じた。ということでトリニティ・スイッチブレード君、2001年はよろしく頼む。
 さて今回は、そのスイッチブレードにも付いているTバーの話。
 ダイレクトドライブ方式のRCカーでは、モーターとリヤドライブシャフトが直結される構造(だからダイレクトドライブと呼ぶのだが)のため、左右のリヤタイヤが独立して作動するサスペンションを装備することができない。つまりリヤに何らかのサスペンションを装備しようと思ったら、モーターを含んだリヤ駆動系丸ごとサスとして作動させる必要がある。
 1982年より以前の12分の1マシンは、前後ともにサスペンションを持っていなかった。その代りにメインシャシー自体を柔軟な材質(FRPなど)で作り、このシャシーがねじれることでサスペンション効果を得ていた。だがこの方法は、進化し続けるパワーユニットに対応するには荷が重く、当時は本格的なサスペンションカーの登場も時間の問題だろうと思われていたのだ。
 そんな時に登場してきたのがアソシRC12iだった。このマシンは路面からのショックやコーナーリング時のロールを吸収するための措置として、メインシャシーに大胆な切り込みを入れ、シャシーの柔軟性を大幅に向上させていたのが特徴で、事実、それまでのマシンに比べて路面追従性は格段に勝っていた。しかしそれでもサスカーと呼ぶには完全なものではなかった。
 この1982年の夏にはアメリカで第1回12分の1世界戦が開催され、モディファイドクラス(この大会ではストックとモディファイの2クラスあった)優勝マシンのデルタ社製12分の1・スーパーフェイザーのリヤには見慣れないT型形状のパーツが装着されていた。これが現在に繋がるTバーの初登場である。
 この時のTバーはメインシャシー上に2本のビスを介してマウントされてモーターマウントを保持し、モーターマウントとTバーの動きは小型のオイルダンパーで制御されるといった構造を採用しており、そのスタイルは現代の12分の1マシンとほぼ同一なもの。このスーパーフェイザーの登場により12分の1マシンの基本構成は決まったといって良く、事実スーパーフェイザーは各地のレースで大活躍を演じたのである。
 その後時代は進み、1986年、今度はTバーとシャシーのコネクト部にボールジョイントを採用したマシンが登場してきた。このボールサスの誕生により、Tバーによるサスペンションの動きはよりスムーズなものとなり、路面追従性はさらに向上したのだ。これで、12分の1マシンのTバー式リヤサスは完成したといえる。ちなみにTバー+ボールサスを採用したマシンの代表格が、この年の世界チャンピオンマシンにもなったアソシRC12Lである。
 FRPのプレートがサスアームとスプリングを兼用するTバー式サスはシンプルかつ高性能な非常に優れたサスペンション方式であるが、素材自体のシナリを利用する方式のため、どうしてもTバーの個体差によるセッティングのあいまいさが出てしまう。また使用するにしたがってTバー自身が材質疲労を起こしてしまうのも弱点だ。実際にボクの経験でも、特に悪い点が見当たらないのにマシンの動きがシャキッとしないケースで、Tバーを新品に変えた途端にマシンの動きが改善された、ということがある。
 こうした弱点を解消するため12分の1マシンの中にはTバーを持たないものも存在する。当コーナー第8回で紹介したスピードマーチャントRev.3もそうだし、ちょっと前には京商・インプレスR951なんてマシンもあった。これらのマシンはリンク式リヤサスを採用することでTバーを廃しているのだが、セッティングや作動にやや神経質な特性があり、Tバー方式に対して確実なアドバンテージがあるとはいえない。
 だいたい、プロテンマシンではリンク式リヤサスを採用しているトリニティでさえ、自社の12分の1レーサーにはTバーを使用していることが、このクラスにおけるTバー方式の優位性を物語っているといえるだろう。
 しかし、前号でも書いたように今後の12分の1は4セル規定が国際的な統一規格となるようなので、これから登場してくる4セルマシンには、Tバー方式を凌駕するリヤサスが採用される可能性もあるかもしれない……。ダレか考えませんか?

 この1~2年ですっかりリンク式サスに押されてしまっているTバーの話です。原稿を書いたのは00年の12月。Tバーというのは本当によくできたシステムで、そのために20年以上も使われてきたのだと思います。最近はレースの出走台数においてリンク式の方が優位にありますが、僕自身、サスペンションの性能という点では現在でもリンク式がTバーに比べてとくに優れているとは考えていません。加えてバッテリーのセンター搭載による、いわゆる“マスの集中化”についても、RCカーでは実車ほどの重要性はないような気がします。とはいえ、バッテリー取り扱いなどについては振り分けよりも4セルまとめる方が楽なのは間違いなく、さらに日本国内でも急速に勢力を拡大している1セルリポパック使用を考えると、今後Tバー車の生き残る余地が少なくなってきているとは思います。でも、1セルリポならタミヤの10分の1F1・F103みたいにシャシーとツライチになるTバーでもいけるワケで、ロールセンターやシャシー剛性の問題をうまく解決すれば、1セルリポをセンターに搭載してなおかつTバーを持つマシンが今後登場してくる可能性も考えられます。もっとも、そんなことにわざわざ挑戦するメーカーがあるとは思えないので、自作マニアに期待するしかないのかもしれませんが。(2009年10月28日・記)

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今後の1セルリポ時代においてもTバー車が生き残るための一つの方法(写真提供・堀正宏氏)。ツーリングなんかコレに近いレイアウトで普通に走ってるんだから、多分これでもいいんだよなあ。

2009年10月22日 (木)

2008年12分の1世界戦参戦記・その16

運命の日・その10(08年11月9日・土曜日)―
 
ピットに戻り、翌日への準備を行う。明日からの予選は、本日の最終ラウンドを走った仕様で臨むことに決めたが、まずは簡単なチェックと整備を先に進めることにした。が、その前に練習日最後のヒートを見物しようと思い、コースサイドへと移動した。
 この日初めてのんびりとした気持ちでレースを眺めていると、最終的に上位を争うであろうドライバーのうちの何人かが、低めの路面グリップに苦労している様子がうかがえた。僕自身は路面グリップに対して大きな不満はなく、選手たちの多くが「食わない」と言っていたのがもう一つ理解できなかったのだが、コースを走る各車を見るとそのことがよく分かった。逆に考えると、この時点での僕のクルマは、ほかよりも高いグリップ力を持っていたということになる。その理由の大半は、おそらくほかの誰も使っていないRC ZENのF1用リヤタイヤにあるのだろう。また、このタイヤのグリップを生かすセッティングがしっかりと出ていたともいえる。ほとんどの外国人選手はもちろん、日本人選手の多くにとっても12分の1は“季節もの”のカテゴリーだ。つまり、セッティングを詰めるのはレース開催サーキットで実際にイベントがスタートしてからになる。しかし、こちらはふだん基本的に12分の1しかやらないし、世界戦を想定して日本国内でテストを進めていたのでその分優位にあったのだろう。ましてや、今大会のような屋外アスファルトサーキットは、とくに欧米選手にとってほとんど12分の1を走らせる機会のないものだ。そんなことを考えながら走行を見物し、アナウンスされる各車のラップタイムをなんとなく聞いていると、友人の言ったとおり、僕の出した12秒54というのが想定以上に速いものだったのではないかと思えてきた。
 そうしているうちに最終ヒートもゴールとなり、この日すべての走行スケジュールが終了した。そこで誰もいなくなったコースのグリーン部分にクルマとボディを置き、ブログ掲載用の写真を撮っておいた。その後ピットに戻って整備をしていると、隣にピットを構えていた東京・昭島市のRCハウス・チャンプの店長から「長谷川くん、15位だったよ」と声がかかった。
「15位!? って言うよりもう順位が発表されてるの?」
「うん、出てたよ」
 この言葉を聞いた僕は、作業を中断して選手用掲示板のある場所へと急いだ。(てっきり20~25番くらいにいると思っていたのに……)僕は店長の見間違いであることを祈り、人だかりのある掲示板を覗き込んだ。しかし、そこにあった順位表には、しっかりと15位に僕の名前があったのだ。

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(これはマズいことになった……) それまで、クルマがよく走ってくれていたことや関係者から褒められて上機嫌気味だった僕の心の中には、急速に不安が広がり始めていた……。
(続く)

2009年10月21日 (水)

なんか、フツー。

 さて、個人的には複雑な気持ちでその成り行きを見守っている新生F1チームのロータスですが、気が付いたらウェブサイトができていて、風洞実験用1分の1モデルの写真もアップされていました。

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いや、新規参入だけに奇をてらわない堅実なクルマ造りが大事なのは分かりますけどね。あまりに普通というか……。「ロータス」なんだからさあ。

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