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2026年6月 4日 (木)

あと1週間

 応援いただいたので。

 ありがとうございます。

 現在の仕上がりは順調とはいえませんが、かといって後退しているわけでもないので、実質あと1週間でどこまで詰められるか踏ん張りどころです。タイヤを含めたクルマの準備と練習を最優先したいのですが、意外と仕事もあるのが悩みといえば悩み。かつては「暇」と書いて「フリーライター」と読むとか笑っていたのに。

 ともあれ、12年ぶりの全国大会をがんばってみたいと思います。半年前にアジア大会に出てるので格式的にはアレですが。

2026年5月26日 (火)

走らせ方

 5月第4日曜はスピードウェイ・パルの月例デイレース開催日。今回はレギュラー運営者のA氏がいるため、僕はどうしようかと考えたのだけど、タイヤを削りがてら出ることにした。クルマは3レーシング製ZERO CEROプロトタイプではなくてひとつ前のCERO ULTRA V2 ACE(アルミシャシーバージョン)。僕のZERO CEROはスペアパーツがないのでレースレベルに仕上げられない。

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当日午前中のピット。今回はタイヤ作りの合間にレースに出る感じ

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途中経過。ここにあるタイヤはレース終了までに直径の調整や角落とし、フロントタイヤ側面への瞬間接着剤塗布と輪っかの詰めまで全部やった

 ツーリングカーのレースに出るのは1月以来で、クルマも掃除以外特に何もしていなかったが、普通には走って11名中5位で予選を終了。決勝も5位で終わった。
 決勝第2ラウンドはK○MAさんことH氏とのバトルになったのだが、後ろから迫ってくる彼をブロックするためのラインを走っていたら、反時計回りでの最終連続コーナーの走り方に突如開眼して、一気にラップタイムを縮めることができた。その結果、H氏を振り切ることにも成功。レース終了後にラップタイムをチェックしたら、中盤から過去最高のペースで走っていた。あー、やっぱり運転手って大事なんだ。

 クルマに関しては決勝1回目と2回目で特に変えた点はなく、何なら2回目の方がタイヤ使い回しの分だけ不利なはずなのに、タイムは1回目よりずっといい。これにはけっこうビックリ。本来ならレース終了後に何パックか走って確認をしておきたかったのだけど、帰宅して仕事しなきゃいけなかったので泣く泣くパス。しばらくまた12分の1に専念するから、再確認できるのは6月後半になるかも。それまでに操作方法のイメージを忘れないようにしないと。

 あと、某所でけっこう前に買ったXTREAME MACH-1の0.4ミリ厚B級品が思いのほかよかった。これは0.4ミリ厚がいいのかMACH-1がいいのか、それとも相乗効果なのか不明なので後日要検証(覚え書き)。


 けっしょうにかいめのこうはんはたのしかった。

2026年5月17日 (日)

効果確認

 5月15日の夕方はスピードウェイ・パルに行き、2時間プランの料金を払って室内サーキットでツーリング5分×5パック、12分の1を合計10分くらい走らせた。インターバルはひたすら12分の1のタイヤ削り。で、走行終了後は途中寄り道をしながら群馬県高崎市の実家に向かい、土曜日は午前中に洗濯やら仕事やら昼食の準備やらをして、午後には今回のメインイベントを実施。

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おー、2週間前に撒いた除草剤がしっかり効いてる

 除草剤の効果は確認できたが、それでもしぶとく生えてくる雑草はある。そこで表庭を含めた雑草刈りを実施。水曜日に行ったホビーショーの疲れが今ごろになって出てきてキツかったが、何とかこなした。

 そして夕方からは晩メシの準備。今回の献立はナスと玉ねぎ、鶏肉の甘辛炒めと目玉焼き、ポテトサラダとワカメの味噌汁にした。もちろんお米は控えめ。まあまあおいしかった。

 夕食と洗い物を済ませたら、今度はクルマに乗って山側に向かう。

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19時25分にここに到着。翌日レース開催ということもあり、1階のピットは満員だったので2階に陣取った

 そして20時12分から走行開始。前回の反省を踏まえて作ったジャム対策パーツの効果確認が主な目的だが、どうやらこれはうまくいったみたい。その証拠に、146周走ってミスらしいミスは一つもなかった。で、ベストラップは146周目に記録。翌日のレースに向けて前向きに終われた。

 たのしかった。

2026年5月 5日 (火)

シーズンイン

 5月1日は7時20分ごろに東京の自宅を出発して北に向かった。経費節約のために下道を使う。途中スーパーマーケットに寄ったりしつつ目的地に向かって進んだが、道路の流れは悪く、出発からちょうど4時間で到着した。

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目的地の群馬県富岡市・ワールドジャムレーシング屋内サーキット(写真は5月3日に撮影)

 ここでチームボンバー・AK12Xを走らせる。2日後の3日にはレースであるのでその練習&テストだが、前の週に行ったテストはダメダメな結果に終わったからクルマのセットを相当変えてきた。で、走らせてみたら案外マトモに走る。とはいえ速いわけではなく、ようやくここでスタートラインに立った感じ。

 この日は20時過ぎまで練習してから群馬県高崎市の実家に向かった。


 明けて2日(土)は午前中に月イチの病院に行き、主治医の先生に最近の体調を報告して薬の処方箋をもらう。いつものように受診待ちの時間に原稿を書いていたが、やっぱりこういう環境だとやたら捗る。そしてパン屋に寄ってから薬局に行き、実家で昼食を取る。

 昼食後は今回のメインイベントが開始となる。

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今年も実家裏庭の雑草刈りシーズンがスタート。写真で見るとそうでもないが、実際にはけっこう雑草が生えていた

 まずは目立つ雑草を抜いて除草剤を丁寧に撒く。除草剤の効果は2週間後に確認予定。やっぱり腰が疲れた。

 雑草刈りの後は夕飯の準備。ちょっと手を抜いてメインディッシュのチキンカツは近所のと○せんで買ってきた。これに付け合わせの玉ねぎとピーマンの卵炒めと味噌汁を作った。普通には食べられた。

 夕食後の片付けが終わったら、実家からクルマの距離計で22kmのワールドジャムに向かう。この日のジャムはコントロールスタイルの練習が行われていて、僕が到着した19時20分ごろにはまだその練習が続いていた。前日からジャムにいる友人に話を聞くと、路面コンディションが前日とは大きく変わっているという。それを頭に入れながら準備を進める。そう、コントロール練習が20時に終わったら僕も練習するのである。それについては前日にジャム店長と話をつけてある。

 そんなこんなで20時過ぎから練習開始。たしかに路面状況はかなり違っていた。でもまあソコソコ走れた。この日は88周走って練習を終了。ジャムに1時間分の走行料金を支払って実家に戻った。


 5月3日はワールドジャムレーシングでパンカーレースのEPS-Jが開催された。僕も6時40分頃実家出発でジャムに行く。そしてレースに参加したが、ここはテストを重視して予選3ラウンド+決勝1ラウンドをすべて異なるセットアップで走ってみた。これもあって結果は惨憺たるものだったけど、その分収穫もあった。実際、レース終了後の練習では実戦で得たデータを元にセット変更したクルマで自己ベストが出た。しかし、まだ目標には程遠いのも事実。もっと自分自身とクルマを鍛えなければいけない。

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ワールドジャムのご厚意で昼食がサービスされた。おいしかったが量も多かったため、夕食はごく簡単なものにした。だってカロリーが……

 ということで、怒涛の3日間が終了。反省すべき点が山のようにあるので、次回までにできるかぎりの対策を進めたい。


【追記】松井さん、今回は1Sバッテリーしか充電しなかったからスピードマインドのリポバックは使わなかったです。


 ちょっとたのしかった。

2026年4月30日 (木)

黒くて丸いのにカラーコードで区別する

 このところブログ更新が滞っているのは、仕事がまあまあ忙しいことに加えて日常の相当な時間をタイヤ作りに費やしているからである。

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先週末はスピードウェイ・パルの月例デイレースだったが、僕はレースには出ずに運営を担当。だってレギュラー運営者のA氏が都合により来られなかったんですもの

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で、レースのインターバルはほとんどタイヤを作っていた。充電器が出ているのは、しばらく使っていなかったツーリングレース用のバッテリー慣らしをするため。とはいえガマンできずにブーストツーリングを2パックほど走らせた。難しかった

 どうしてこんなにタイヤが必要なのかは、もうちょっと事が進んでから書くことにしたい。とりあえず黄色と橙色をメインにまだまだ作るよ。

2026年4月20日 (月)

後悔はしない

 結局1/12th EURO、EOS、ROAR OFF ROAD CARPET NATSの主要レースをほとんど見てしまった。だからこの時間(20日午前4時)になっても仕事が片付いていない。でも後悔はしないようにしたい。そして世間が朝を迎えるまでに一段落つける。


 高速のレースって見てて楽しいよね。

2026年4月19日 (日)

時間泥棒

 ここ数日はちょっと忙しく、埼玉県比企郡川島町でやってるEPS-Jはパス。ウチで大人しく仕事することにしたのだが、なんということだろう! 世間ではイタリアで12分の1ヨーロッパ選手権を開催中でスロバキアではEOS、オマケにアメリカで10分の1電動バギーのROARカーペット選手権をやってやがる。しかも現代社会では、某最大手動画サイトを通じて生中継でこれらのレースを見られてしまうのである。

 こういう時の僕の意志の弱さは筋金入り(?)で、ついつい主要なヒートを見てしまう。当然仕事は遅れ気味になり、これを月曜までになんとしても取り返さなければいけない。悪いのは僕じゃなくて現代の快適なインターネット環境である。

 などと自己弁護をしている間に仕事しないと……。


 レースをみるのはたのしかった。

2026年4月13日 (月)

冬バテ

 1995年から明確に自覚症状のある春の倦怠感。ちゃんと食べてちゃんと寝てても、なぜかダルさ、もしくは疲労感が常にある。何年かに一度はコレをほぼ感じない春もあるのだが、今年もまた帰国後から一気に出てきた。最初は渡航の疲れ(といっても向こうではよく食べてよく寝て、よくラジコンやってただけだが)かな? と思ったのだが、その後回復するどころか症状は悪化気味。

 これは何かのアレルギーではないかと思い、数年前にしっかりアレルギーチェックを行ったのだけど、特に原因は見つからなかった。やっぱり大嫌いな冬の疲れが出ているのかしら? なので自分ではコレを冬バテと呼んでいる。この症状はだいたい5月中旬くらいにスーッとおさまるのだけど、四六時中なんとなくダルいというのもそこそこキツい。

 やっぱりそのうち常夏の地に移住しないとダメかなあ?


 あー、ダルい。

2026年4月 6日 (月)

ダイエット

 脳はエネルギーの消費が大きく、仕事が忙しかったり、アレコレ考えることが多くなったりすると甘いものをつい食べてしまう。で、去年FEMCAレースに行った際に食事の量が増え、帰国後もちょっと忙しかったこともあって体重は増加気味だった。そしてさらに先日の大陸行きでダメ押しのように太ってしまった。
 さすがにコレはヤバいので、30日の帰国後から食べ物の量を絞っている。まだ6日目だけど、今のところはうまく摂取量を抑えられていると思う。22年4月から3カ月で9kg体重を落としたので、それを再現したいと考えている。ただ、22年4月の時点ほどには体重が増えていないため、たぶんそんなに根を詰めなくても大丈夫なはず。


 分かってはいたけど、ココナッツミルクの誘惑に勝てなかったのよ。

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こんなのを何本も飲んでりゃそりゃ太るわな

2026年3月31日 (火)

無事帰国

 ちょっと大陸まで行ってきました。

 本来は格式ある大会に出場するはずだったのだが、その大会自体がなくなってしまった。仕方ないから現地料理を食べて観光にも行き、かなりの量のテスト&練習走行をこなしてきた。なのでまあまあ充実していた。


 とはいえそこそこ疲れた。

2026年3月24日 (火)

落ち着いたら諸々更新する

 多くの人は渡航を取り止めましたが、僕とK氏は予定どおり行くことにしました。根っからの貧乏性で、10万円をそのまま失うのが癪だったからです。

 ということで、本番カーの作成やちゃんとしたボディを塗るなど、本来やるべきだった準備はほとんどしていないにも関わらず、まあまあ忙しい状態が続いている。だから手持ちのものをまとめて荷造りする。とはいっても、ふだん使っているのとは違うVPNも入れる必要があるし、なんだかんだでやることは多い。なのでブログ更新頻度がもう少し上がるのは4月からになりそう。向こうで更新できたらやるけど。

 どっちにしろ今晩はまた徹夜なので、時間があるといえばある。


 代替イベントに行くかどうかは現時点でまったく決めてません。

2026年3月14日 (土)

たぶん袖の下なんだろうな

 と考えていたら、RC Racing TVをはじめかなりの人が同じように考えているみたい。



 これに関しても後日説明します。

2026年3月12日 (木)

チャイナリスク

 現在僕が巻き込まれているのは一種のチャイナリスクであろう。さすがにこの状況は予想していなかったが、起こってみればある意味納得もできる。けっこう被害は大きいし、まだ最終的にどうなるかは不明だが、どう転んでもあまり芳しい状況ではない。

 事情を知らない人には上の記述が何のことか分からないと思うけどごめんなさい。色々終わったらあらためて説明します。

2026年3月 3日 (火)

20年

 ふと思い出したのだが、20年前の今ごろは人生で最も体調が悪かった時だった。

 この時期には潰瘍性大腸炎に伴う極度の栄養失調&貧血状態に陥っていたのだが、本人としてはそこまで体調が悪くなっているとは知らず、ずっとお腹の調子が悪いのが気になっていた。結局3月9日に緊急入院して、そのまま1カ月半は病院で生活することになった。なお、貧血状態から脱するまでは時間がかかったが、栄養失調は入院直後からの点滴でかなりかなり改善されたので、本当の意味で体調が悪かったのはやはり入院直前だったと思う。お医者さんからは「ここまで貧血になっていて普通に歩いたり運転してたりしたのが不思議だ」とも言われました。だって、生涯で貧血になったことないから、これが貧血だとは分からなかったのよ。

 でも、入院してある程度体調が回復してからの絶食治療の方が地獄だったけどね。胃には何も問題なくて猛烈にお腹が空くのに何も食べられない。

 潰瘍性大腸炎が完治しない病気だと知ったのは入院から間もなくのことで、その時点ではかなりお先真っ暗な感じだったが、わりと短時間で「仕方ない」と腹をくくることができた。夏に再燃してまた1カ月半入院するものの、2度目の退院以降は真面目に薬を飲み続け、2008年に試しでやってみたATM治療が僕には効果があって、その後は寛解状態を保っている。

 ということで、春と夏に2度の長期入院をした2006年は僕にとってかなり印象的であり、そこから20年何とかやってきたことに感慨を覚える。現在加齢によるガタがあちこちにきているが、それでも健康といえる生活は送っている。もちろん、この先また潰瘍性大腸炎が再燃する可能性はあるので油断はできないし、他の病気になるかもしれない。

 だから、わりと元気なうちに色々やっておこうとは思う。

2026年3月 1日 (日)

命名

 今年デビューするキャデラックF1チームの2026年型車名が「MAC-26」になり、これは「Mario Andretti Cadillac 26」を意味するのだそう。

 ならば全力で応援せねばなるまい――と言いたいところだけど、なんか地味なんだよなあ。ペレスはあんまり好きじゃないし、ボッタスも特に……。

 なお、2月28日はマリオ・アンドレッティ86回目のお誕生日でした。いつまでも元気でいてね。

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